鯛焼き

夕方。

日本橋。本屋から駅に向かおうとして、さっき通り過ぎた鯛焼きが忘れられず買いに行く。

列に並んでひとつ買う。

背中にリュック。
手には焼きたての鯛焼き。耳からは小さく椎名林檎が流れる。

鯛焼きをかじりながら青信号を待つ。

渡る。
ふいに横を見ると、巨大なビルが並んでいる。
太陽がやさしい朱色になっていた。水彩画のような雲を纏っていた。
東京の大通り。
耳から椎名林檎


住んでる街も仕事も家族も諸々の約束事もルールもマナーも、何もかも、私の記憶だけが頼り。
忘れちゃえば、ないのも一緒…?
その瞬間の私にとっては一緒みたいなものだった。


その大通りでひとつだけたしかだったのは、鯛焼きが熱くて甘くて美味しいということだけで、私を繋ぐものはそれだけだった。