リズムがネジを巻く

去年の残暑の頃、とても心の重たい時期があった。
そのことがあいまってか東京へ行くのもかなり不安になり、どうにもこうにも塞がってしまっていた。

その頃、音楽を入れることができなかった。
耳が塞がってしまうのだ。
とくに明るい曲、前向きなポジティブな歌詞なんかは聴いてるだけで胃が重くなってどうしても聴けなかった。気分が悪くなる。聴くと疲れちゃう。

明るいものが私を励ますのは、私に少しでも余裕のあるときなのかもしれない。
むしろ、あえて明るいものを入れたくなかった。
浸りたかったのだ。その不安に。浸ってみたかった。いけるとこまでいってみようと思った。


そんなとき、唯一聴けたのが電気グルーブだった。
不思議だったけど、これだけは聴けた。


今日、梅田を歩きながらずっと石野卓球を聴きつづけた。
聴きながらずっと歩いた。
テンポにあわせて。


そうすると、心が元気になるとか励まされるとかそういうことでなく、身体が勝手に進んでいくのがわかる。
ひたすらリズムが私の身体を動かしていく。
身体を動かす内側の何かがどくどくし始める。
ネジを巻かれる感覚。止まっていられない。



前向きだろうが後ろ向きだろうが進むことに変わりはなくて、下にいってもいいし、上にいったっていい。沈むのも移動だし、ぶっ飛ぶのも移動のひとつ。
生きる方向を2次元でとらえると前進と後退という意味になってしまうのだけれど、3次元でとらえてみれば進むことに変わりはない。どっちの方向にいったっていいんだ。
自分の立つ地点から、360°ぐるっと見回してみる。さてどこにいこうか。
そのときの気持ちは明るくてもいいし、暗くてもいい。不安で結構。



じっとしていたい人もいるだろう。
でも私の場合はじっとしていたくない。


どの方向でも構わないから、進んでいくこと。
動き続けること。


リズムさえあれば、やっていけると思った。