飽和

40日ぶりの西宮。
帰った、というのは何だか違う。

「遠慮なくいつでも気軽にいける家を、私は2つも持ってる」

そのことが確認できたという感じ。
それは贅沢で心強く、ますます色んなところに行けそうな気がする。
もうここは「ホーム」じゃない。哀しくも寂しくもない。
いつでも来ていいお家。そういうこと。
ありがとう、と思う。


家に向かうには、とんでもない坂をのぼっていく。
ほんとに静かで空気がきれいで、食らうほど緑が溢れている。
住んでいたときにはあまり気に留めなかった事実があった。


居間に新しい椅子が並んでいた。
素晴らしい座り心地で笑顔になる。
はじめまして。と挨拶をしておく。





大阪駅阪急電車甲陽園線のホームにいると、こちらにいた頃の自分にはどうしようも出来なかった停滞感に襲われる。

あの頃は、もうどうしようもなく停滞していた。
悩んでると思っていたけど、そうじゃなかった。

頭のてっぺんからつま先まで、もう飽きてしまっていたのだ。
道に、電車に、景色に、街に、木々に、駅に。
うんざりするほど飽きていた。


不満はなかった。
でも、飽きていた。

ただそういうことだった。